カムラン・サミミ氏の彫刻は、「ポハクロア」という歌を思い出させる。ファルセットシンガーのゲイリー・ハレアマウ氏が作曲し演奏したこの曲は、ハワイ島のマウナケアとマウナロアの間に位置する高原について歌っている。標高2,133mにある古代溶岩流「ポハク・ペレ」の上に立ったときの超自然的な体験を歌うハレアマウ氏の声は徐々に音程が上がっていき、ハワイ語の「ポハクロア、ナヘナヘマイ(穏やかで麗しいポハクロア)」という悲しげなリフレインが心に響く。極寒な不毛地帯にふさわしくない形容のようであり、これほどまでに完璧な描写はない。なぜならこの歌はポハクロアの外観ではなく、その本質を称賛するメレとオリのような賛美歌だからだ。
マノアにあるプランテーションスタイルのサミミ氏の自宅の1階にあるワークスペースを訪れた際、私の頭の中にはこの歌が流れていた。薄暗く静かで冷んやりとした空間は地下のようだ。壁に沿って地面に並ぶ石にはさまざまな大きさと形と質感があり、それらのほとんどが拾ったり、リサイクルされた玄武岩だ。尖った石の塊のアア、丸みを帯びたパホエホエ、滑らかな川の石、ポップコーンのように穴だらけの噴石といったように多くの種類がある。
ハワイ諸島と地質学的につながりがあるだけでなく、その種類が限りなく多様な玄武岩は、サミミ氏が好んで作品に用いる素材だ。中でも自然とのコラボレーションから生まれる彫刻の材料としては一番のお気に入りだという。「まず石をよく見て、耳を傾け、観察しながら感じ取るんだ」と説明するサミミ氏は、よく耳を澄ませれば、石がその個性を生かすためにはどのように切り、扱うべきか教えてくれるという。「石の個性とは、そのフォルムと中に宿る命のことだよ。僕はその通りに石を切るんだ」。
それは彼の『シーズン・ストーンズ』シリーズの彫刻作品のリズミカルな動きに現れている。それぞれのパーツの切り方と配置から、生きものの定義でもある “意志”を感じ取ることができる。そしてそこにはパラドックスも存在する。それぞれの石の内側を露呈し、外側と対照的にみせる地質学的な解剖は、普段気にとめることのない物をあえて注意深く観察することの面白さを教えてくれる。『ボイド・ストーンズ』は、石の内側と外側の命、その始まりと中間と終わりについても考えさせる。それは私たち自身の一生と照らし合わせることもできるかもしれない。
ホノルルを拠点に活動する芸術家のサミミ氏は、ハワイ島のヒロとホノカアの間の海岸沿いの崖に点在するかつてのシュガータウンの一つ、ラウパホエホエという町で育った。その経験は、作品にも生かされている。ゆったりと時間が流れ、 見渡す限りの海と地平線が広がる景色、繊細な石の日本庭園が芝生よりも好まれるような場所で育ったサミミ氏は、兄弟とコレクターの父親と一緒にラウパホエホエポイントの海岸で珍しい石や流木、漂流物などを拾ったことを今も覚えている。
幼い頃から、自分には”故郷”というものがないように感じていたとサミミ氏はいう。「ハワイ島で育ったものの僕にはペルシャ人の名前がついていたからね。父はイラン出身で、僕はペルシャ人には見えないし、ペルシャ語も話さない。母はミネソタ州出身でスカンジナビアに先祖のルーツがある。興味はあるけど、その文化についてはほとんど知らないからね。故郷と呼べる国や文化のない僕は一体何者なんだろう?僕の居場所は世界のどこにあるんだろう?と常に考えていたよ」。
それまでよりどころなく感じていたサミミ氏は、やがて自分のルーツがそれらすべての場所にあることに気づいたという。自分にはアイデンティティや故郷がないのではなく、むしろ沢山あるのだということに。芸術活動を始めたことで、さらに自らの内面に秘められた多くの資質に気づかされ、それを生かすことができるようになったという。
彼の作品には、そういった彼の全てが現れている。「僕は普遍的なアイデアや素材、形、テーマを用いたアートを作るのが好きなんだ。僕たちを隔てるものではなく、つなぐものを常に探求している。それが僕にとっての美であり、芸術の面白さでもあるんだ」とサミミ氏は語っている。
サミミ氏は2020年、芸術家を招いて滞在中の制作活動を支援するイスラム芸術文化デザイン博物館シャングリラ美術館のアーティスト・イン・レジデンス・プログラムのアーティストに選ばれた。それは彼が自身の創作活動の動機について掘り下げて考えている最中にやってきた格好の機会だった。新たなリソースを手にした彼は、ふたたび幾何学的デザインの彫刻の探究を始めた。そして彫刻では得られない即時性のある表現方法として絵画の制作に取り組んだ。キャンバスにインクで描かれた最新作のシリーズ『プレセンス・アンド・アブセンス』は、時間という概念を彼なりに解釈した作品だ。地球人類の歴史を振り返るのではなく、瞑想を通して私たち自身の内面に目を向け、その無常ではかない存在について考えを深めている。
サミミ氏の作業場を離れる前に、彼のショールームをのぞいた。棚にはいくつもの水石が並び、テーブルと台座に大きな作品と版画が飾られている。ショールームの隣が彼のリビングルームになっていて、簡易キッチンから手の届くところにベッドがある。石像や彫刻に囲まれた控えめな住まいからはこのアーティストのひたむきな性格が窺える。
サミミ氏は 「万物の原点に強い関心があってね。僕にとっては、これまでずっと大切にしてきたものなんだ。それが何なのかを常に模索していて、作品ごとに少しずつ近づいているような気がするよ」と語っている。
ホノルルを拠点に活動す
る芸術家のサミミ氏は、
ハワイ島で育った経験を
作品に生かしている。
石を鑑賞する日本の伝統「水石」にちなんだこの作品
シリーズは、小さな岩を巧みに用いている。
サミミ氏の作品のテーマは、
内面に宿るものを発掘し、
露呈することだ。
“Untitled Couple with Fruit” by Arman Manookian.
彫刻作品『スイセキ』(2015年)
サミミ氏は、建築と自然の関係を探求することを作品のテーマとして掲
げ続けている。
作品名『ボイド・ストーンズ』のクロースアップ(2019年)
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