1783年、ヨーロッパの探検家、キャプテン・ジョージ・バンクーバーは、 カメハメハ1世の命を受け、ハワイ島のカワイハエにある、王が好んで訪 れる村を訪ねた。ヤシの木の茂る森の中にいくつもの小屋が建つその 集落は、典型的なハワイアンの漁村のようであったが、よく見るとそこに は赤土を掘り出して作られた大きな穴があった。
泥や石でできた壁に囲まれたこの穴には、海岸線から離れているに もかかわらず、不思議と海水が貯まっている。それを囲むように、田んぼ のような四角い囲いがいくつも並んでいる。一年で一番暑い時期、ここ へ海水を運んで蒸発させると、表面に白く輝く結晶が残るのだと村人は バンクーバーに教えてくれた。これがハワイの海塩「パアカイ」であった。
バンクーバーが初めてカワイハエの塩田を訪れてから10年後には、 ハワイは太平洋岸北西部の塩の主な供給源となった。港に停泊した漁 師たちは、捕獲した鮭を保存するために必要なパアカイと物々交換し、(これが人気の地元料理、ロミロミサーモンの起源とされる)、ハワイの カウボーイ「パニオロ」たちは、寄港する捕鯨船の乗組員や商人たちに 塩漬けの肉を売っていた。質が高く豊かな味わいのハワイアンソルトの 需要はやがて塩田からの供給量を上回り、地中からミネラルを汲み上 げる岩塩坑が主流となっていった。
今日では「ハワイアンシーソルト」というラベルのついた小さなビニー ル袋に、ずっしりと詰まった塩がスーパーマーケットの棚に並んでいる。 粒の細かいものと粗いもの、アラエア赤土塩と活性炭の入ったブラック シーソルトがある。キアヴェの燻製やラムの香りのするグルメなシーソ ルトなどもあり、10年はもつであろう2.5キロ入りの大袋も売られてい る。四方を美しい海に囲まれたハワイでは、普通の食塩よりも純粋な味 わいの塩ができる。アラエアは、ほのかに土の香りのするまろやかな味 が特徴だ。ブラックシーソルトは、パアカイに活性炭を混ぜることでスモ ーキーな味わいが楽しめる。
「塩は私たちの中や身近にあるものです。私たちの体は、調理に塩を
使うことで本来あるべき状態に戻ることができるのです」と話すのは、 「シーソルト・オブ・ハワイ」の主任シェフのノーマン・バーグさん。このシーソルトメーカーのラインナップには最近、ハレクラニとのコラボレー ションにより、「コナ・ピュア」「、アラエア・リッチ・レッド」、「ウアヒ・ブラ ック」の3種類が新たに加わった。
ハワイの人々にとってパアカイがいかに大切なものであるかは、彼ら の食卓を見れば明らかだ。ロミロミサーモン、ピピカウラ(ハワイのビー フジャーキー)、カルアピッグなど、ローカル料理はどれもパアカイを主 原料とする。ネイティブハワイアンは、ポイにもひとつまみのパアカイを 加えるのだとバーグさんは教えてくれた。オリジナルフレーバーのハワイ アンシーソルトを販売し始めたシーソルト・オブ・ハワイのような地元の メーカーのおかげで、ここ数年、グルメなシーソルトが注目を集めてい る。マウイオニオンやハワイアンチリペッパーのようなシーズニングスパ イスが販売されるようになり 、パアカイの用途も広がった。
ハワイで海から塩を収穫するようになったのは、ハワイ諸島に最初に 到着したポリネシア人たちであった。彼らは太平洋を渡る航海中の食べ物を保存するために塩を使っていた。ネイティブハワイアンの文化で は、パアカイは日常と神聖なものの間に存在すると考えられている。癒 しと浄化の源であり、海の恵みであるシーソルトは、人々の健康に欠か せないものである。ハワイの四大神の一人の「カネ」が、海水の純度を保 つために塩水にしたという古代の伝説もある。そのため海水(ハワイ語 ではワイ・クイハラと呼ばれる。許しの水という意味)やパアカイには浄 化作用があるとされ、重宝されていた。海水は「ピカイ」と呼ばれるカフナ(ハワイの司祭)が行う儀式には欠かせないもので、伝統的な儀式では 場所や空間を清める際、ハワイの神々やキリストへの祈りとともに、海 水を撒くことが一般的な習慣となっている。
「パアカイは人々の生活に根付いているの」とハワイ諸島で唯一、今も 伝統的な手法で塩を収穫しているハナぺぺのソルトメーカー、マリア・ ノブレガ・オリヴェラさんは語る。彼女は大粒の塩が入った1ポンドの袋 から、ピカピカに磨かれたココナッツの殻の器を取り出し、味をみるよう に勧めてくれた。「ここの塩は、塩田に生息する塩水エビのおかげで、他 のどの塩よりも甘いのよ」。
ノブレガ・オリヴェラさんは、ハワイに残る最後の塩田を保護する活動を行っている「フイ・ハナ・パアカイ」の代表だ。カウアイの南西部沿岸 にあるこの場所で今も塩田の管理に携わっているのはわずか22世帯 だ。その多くの家系が、何世紀にもわたってハナペペに住み、先祖代々 この土地を守ってきた。ノブレガ・オリヴェラさんはこの土地を受け継ぐ 8世代目だという。
「私たちが育った時、塩は私たちの生活においてとても重要なもので した」と彼女は言う。夏になると、彼らはバンクーバーが訪れたのと同 じような塩田まで歩き、純度の高い塩水を汲み出すための井戸の汚れ を、土と泥の中で四つん這いになって一生懸命取り除いた。数週間後、 塩濃度が高まって白い泡に変わった水を小さい塩田に移し、結晶化し てパアカイになるのを待つ。
ハナぺぺの塩はシーソルトの中でもとくに貴重とされる。ここに住む 家族にとって、塩は神聖なもので、それは単なる商品ではなく、先祖や 過去との繋がりでもある。食品医薬品局の規制により、ハナぺぺのパア カイは販売されることがない。誰かにもらうか交換してもらわなければ 手に入らないのである。最近では、ハナぺぺの塩はさらに希少になりつ つある。ほんの10年前までは一月分の収穫で樽数個分の塩が収穫で きたのが、気候の変化や塩田周辺の開発の影響により、今ではほとんど 収穫できなくなってしまった。ノブレガ・オリヴェラさんの塩田はこの5 年間、パアカイを全く生産していない。
ハナぺぺの名産品であるアラエアソルトは、昔から薬用効果のあるも のとして珍重されてきた。ワイメア山脈から採れたアラエア赤土を塩に 混ぜることで、色が赤く鉄分が豊富なパアカイができる。ネイティブハワ イアンは、土が塩に霊的な力を宿らせると考え、あらゆる病気の治療に 用いてきた。今もノブレガ・オリヴェラさんはパアカイに絶大な信頼を置 いている。彼女は、まるで聖体を拝領するかのように慎重な手つきで、 舌の上に塩を乗せて見せた。「体調が優れないと感じたら、パアカイを ひとつまみ口に入れるだけでいいのよ」。
初期のポリネシア入植者が持ち込み、グルメなシーズニングへと進化した今も昔もハワイの文化に欠かせないハワイアンソルト「パアカイ」
オアフ島の東海岸をトラバース するノーマン・バーグさん。
今日のハワイアンシーソルトメ ーカーは、伝統的なパアカイの 収穫方法を受け継ぎたいと考 えている。
美しい海に囲まれたハワイでは、普通の食卓塩より味わいの深い海塩がとれる。
ハワイのシーソルトには、色、味 わい、食感が異なる様々な種類 のものがある。
料理の味付けから文化的な習 慣まで「、塩は私たちの生活に欠 かせないものでした」と語るの はパアカイに詳しいマリア・ノブ レガ・オリヴェラさん。
「塩は私たちの体の中にあり、私たちの周りにもあります」—ノーマン・バーグ
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