JoAnn Falletta conducting
熟練した芸術家

指揮棒と筆で表現し続けるジョアン・ファレッタさん

グレタ・ベイゲル
写真
AJ フェデューシャ

ジョアン・ファレッタさんは多くの音楽批評家から高く評価されている 音楽監督である。1991年以来バージニア・シンフォニー・オーケストラ と1999年からはバッファロー・フィルハーモニー管弦楽団でも指揮者 を務めるファレッタさんは、多数のレコーディングと世界中の音楽ホー ルでの100回以上の世界初演などで賞賛されている。ハワイ交響楽団 の芸術顧問として7年目を迎えるカリスマ指揮者は、オーケストラの国 際的評価を確立できるリーダーかつ貴重な文化人として、ハワイでもま すます注目されている。

バージニア州ノーフォークとニューヨーク州バッファローの自宅 を行き来する ジョアン・ファレッタさんは、一年のうち約3週間をホノル ルで過ごす。ハワイ交響楽団では、クラシックコンサートの選曲やソリス トと指揮者の顔合わせ、新楽団員のオーディションやオーケストラの常 勤職員の採用も担当する。

ニューヨーク生まれのファレッタさんには、生涯にわたり情熱を 注いでいるものがある。それは詩の執筆だ。これまでに聴衆の取り込み 方、音楽教育や音楽監督について、聴くことのすばらしさなどをテーマ にした著書を発表している。ディエツプレス社発行のピンクのハードカ バーの詩集『音楽へのラブレター』は、音楽学を交えた感性豊かでユー モアに溢れ、時として切ない回想録だ。これらの詩には、音楽や音楽家、 これまでのコンサートなどに対する彼女の時に向こう見ずで個人的な 心情が描かれている。

『ギター』では、最愛の父が彼女の7歳の誕生日に小さなギター をプレゼントしてくれるまで、恥ずかしがりな性格のため孤独に過ごし た子供時代を振り返る 。彼女の詩にはこう書かれている「。ギターケー スは、どこかの島の保護区に渡るためのヨットとなった。硬く乾いた指 板の感触と埃っぽい木の匂いが離れない。練習するたび、節くれだった フレットの上を指が滑る。その一本一本に子供の頃の秘密のニックネームがついている」。

あまりにも早くこの世を去った母親の死を嘆く『私の母が死んだ後』には、オーケストラ指揮者の心の傷が現れている「。沈黙の中、彼ら は私のためにブラームスを演奏してくれた。起伏に富んだホ短調が私を 優しく包み込む。バイオリンとホルンとピアノの三重奏が波のように押 し寄せ、私をきつく抱きしめる」。

ファレッタさんのひょうきんな一面をうかがわせる軽快なトーン の作品もある。デンマークのコメディアンで音楽家の故ビクター・ボージ ュさんのパロディー『コンチェルト』でコミカルに描かれた指揮者とソリ ストの微妙な駆け引きについてこう表現している。以下抜粋:

ソリストは明らかに不愉快そうだ。
額の汗がギラギラと照り輝いている。
彼は私に向かって言う。
「ジョアン。僕たちはなんでこうなのかな」
私にも分からない。
私自身も良い気分ではなかったが、
少なくともそれが彼のせいであることは分かっていた。

ソリストが独奏するカデンツァの後で
彼に追いつくチャンスがあるはず。
最初の拍子変更で合わせられることはないにしても
最後の16小節で彼の先を越せれば、もしかすると
終わりの和音で合わせることができるかもしれない。

ファレッタさんは、将来的にはもっと執筆活動を増やしたいと考えてい るが、疎外されつつあるアートの現状を危惧するばかり、文章にシニシ ズムの要素が入りがちなことを憂えている。「詩の音読や室内楽のリサ イタルが不必要なものとされ消え去っていくのはあまりに残念です。本 来もっと大切にすべきものなのに」。ハワイ交響楽団によるベートーヴェ ンの第9交響曲の指揮を終えた彼女は、ハレクラニでインタビューに応 じてくれた。「私が詩を通して表現するこの闇の感覚は10年前まではあ り得ないものでした。人々が芸術に関心を失くし、本質的に重要でない 物事に日々追われるのを見ていると心配になります。シューマンの交響 曲『ライン』を聴いて、ライン川が流れる様子をイメージできないなんて 悲しすぎるではないですか」。

ハワイ交響楽団では、アメリカの多くのオーケストラと同様、寄付 を募り、若い観客にアピールするために新しい試みを続けている。ハワ イ交響楽団は、年間約420万ドルの予算と総額1,200万ドルの寄付金 によって、ハレクラニが主催する12のクラシックマスターワークスプロ グラムと、毎シーズン6回のポップスコンサート公演をしている。エグゼ クティブ・ディレクターのジョナサン・パリッシュ監督のもと、84名の団 員で構成された交響楽団を率いるリード歌手とバンドが、クイーン、マイ ケル・ジャクソン、プリンス、レッドツェッペリンをはじめとするスターへ のトリビュートを演奏する「ミュージック・ザット・ロックス」シリーズもス タートさせた。

昨年12月、ファレッタさんは、カカアコの複合商業施設SALTで の満場となったコンサートで、チャイコフスキーやジョン・ウィリアムズ といった有名作曲家の楽曲を指揮した。その数日後にはブレイズデル コンサートホールで、旧友であり同僚の中国系アメリカ人の作曲家、チ ェン・イーさん作曲のフルートと中国琵琶の協奏曲『サザンシーン』の 世界初演を指揮した。

「アジア独特の感性と西洋のオーケストラを合わせた今回のプ レミア公演にハワイほどふさわしい場所はありません」とファレッタさん は説明する。「ハワイの風景には、中国の豊かな文化遺産があります。ハワイのオーケストラとチェン・イーがここで初共演ができたことは本当 に素晴らしいことです」。

ゲスト指揮者としても引く手あまたのファレッタさんは、2018年 5月に東京へ渡り、ピアニストの山下洋輔氏とともにガーシュウィン作 曲の『へ調の協奏曲』や、コープランド作曲の『アパラチアの春』などを演 奏する新日本フィルハーモニーのゲスト指揮者を務める予定だ。海外 のオーケストラがアメリカの曲目 をリクエストすることは珍しくはない。

ファレッタさんは「日本公演でも同様のリクエストがありました。 多くのオーケストラは、私たちがありきたりと考えているアメリカのク ラシック音楽を好み、とても真剣に向き合っています。私が育った時に は、アメリカ人には理解されていない芸術に夢中になったものでした。 ドイツやウィーンのバイオリニストやピアニストこそ本物であると考え ていたのです。でもある時から、性質やアプローチが違うだけで、私たち にも音楽に対する深い理解と素晴らしい想像力があるということに気 づいたのです」と語っている。

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JoAnn Falletta conducting

ニール・ブレイズデル・コンサー トホールでの作曲家チェン・イ ーさんの『サザン・シーンズ』の 世界初演のリハーサルを指揮 するジョアン・ファレッタさん

2017年12月、ファレッタさんは中国系アメリカ人の作曲家、チェン・イ ーさん(右から2番目)作曲のフルートと中国琵琶の協奏曲『サザン・シ ーンズ』のハワイ交響楽団による世界初演の指揮者を務めた。

100回以上の世界初演を行な っているファレッタさんは、世界 で最も高い人気と評価を得て いる指揮者の一人だ。

音楽家としての才能に加え、執 筆活動にも情熱的に取り組ん でいるファレッタさんは、詩集『音楽へのラブレター』も出版 している。

アメリカの音楽

ジョアン・ファレッタ作

こんなアメリカ人たちをどう思う?
交渉好きで、すぐ握手したがる
大声で話し、誰にでも笑顔で
笑いすぎる人たち

私たちのような音楽家はどう?
楽譜を初見で演奏する人たち
時計ばかり気にする人たち
労働組合の技術者たち
格好いいパワフルなコードを持って
ポップコーンのようにリズムを噛み砕く
大音量で演奏して、頭の回転が早くて
働きすぎな人たち

実践的な人たち
たぶんね
たこのできた指と筋肉質のがっしりとした体
鋼のようなアンブシュアが打つ
詩人の心
子供の想像力
夢想家

彼らは私たちのことをどう記憶するのか?
高層ビルや記念碑や
取引や労働組合や時計じゃなくて
地下鉄に乗ってるブルージーンズを履いた少年が
一枚の原稿に書き留めた
夢の声を

ギター

ジョアン・ファレッタ作

何てことないように見えるギターだけど
ある少女の命を救ったわ

段ボール箱の中でボロボロになってる
6本の緩んだ弦
調律ができたためしのない
確かに高価なものではなかったけど
少女には全く気にならなかった
学校を恐れて
店やサマーキャンプや人々を恐れて
修道女、休み時間、誕生日パーティーを恐れて
地味で友達のいない
そして全てをよく心得ている

そのへこんだ箱が帆船となり
どこかの島の聖域へと誘う
硬く乾いた指板の感触
彼女にまとわりつく埃っぽい木の香り
大好きな練習をするたびにフレットの上を滑る指
それぞれに子供時代の秘密の名前がついている

その少女は恐れを乗り越えて
不確実性とぎこちなさと混乱の歳月を経て
孤独と悶絶の苦悩について
臆病な序曲と恥じらいについて
何日も何週間も何年も生涯にわたって演奏した

その少女は今47歳
彼女は人々に指示を出し
スピーチをし
決断を下す
パーティーでみんなに挨拶する

ギターはほとんどクローゼットの中に収まったままだ

でも彼女はそれほど変わっていない
胸の奥深くではまだすべてを恐れている
そして時々、一人になると
その指板に触れ
少女の命を救ったあの愛おしいギターの
記憶が蘇る

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