釣り物語

技術は進化しても、変わらないスリル。ハワイのスピアフィッシング事情

レイ・ソジョット
写真
ジョン・フック

マカニ・クリステンセン氏が子供の頃、初めてヤスで魚を仕留めたときのことだ。彼の記憶に今も鮮明に残っているのは、その寒さだという。彼は、その場面を詳細に覚えている。3本又のヤスを手に、待ちきれない気持ちでハワイ島のプヒ湾に到着した幼いクリステンセン氏。洗剤の空きボトルで作った手製の潜水用の浮きの運び係として、おじさんたちのスピアフィッシングに連れてきてもらえたことが、嬉しくて仕方がない。そしてやっとのことでコレ・タングという魚を槍で突き刺したとき、その喜びは即座に震えに取って代わった。この時点で、海に入って4時間が経過していたが、おじさんたちが岸へ戻る気配はない。「子供の僕は、一人で海に入るのが怖くてね。死ぬほど寒くても我慢しなければならなかったんだ。僕より何十年歳も年上のおじさんたちは、 体脂肪のおかげで何ともないからね」とクリステンセン氏は笑いながら言う。 スピアフィッシングを学ぶことは、魚突きが古くからの伝統であるハワイで育った多くのケイキ(子供たち)にとって文化的な一つの通過儀礼でもある。古代、ハワイの人々は、海岸線沿いのカウイラやウヒウヒといった原産の堅木やカヌーから削った細い槍で、水中の獲物を仕留めていた。夜には、松明に火を灯し、ククイナッツを噛みながら漁をした。ハンターたちは、噛み砕いたククイナッツから出る油分を水面に吐き出し、水面が光沢を帯び、覗き窓のように透明になった瞬間、獲物に狙いをつけた。 技術は進化したものの、魚突きのスリルは今も変わらない。現代のスピアフィッシングは、ショーツ、シュノーケリングマスク、フィン、3本又のヤス(ハワイアンスリングとも呼ばれる)といった海岸でのダイビング向けのシンプルなものから、深海を潜るブルーウォーターダイビングに欠かせないネオプレン製ウェットスーツ、カーボンファイバー製フィン、強力スピアガンといった最先端の器材まで、その選択肢も幅広い。 清々しい1月のある朝、地元のツアー会社、ケアヴェ・アドベンチャーズを経営するクリステンセン氏と私は、ワイキキヨットクラブからボートに乗り、東へと向かった。空は青く、どこまでも広がり、昇る朝日がダイヤモンドヘッドの三日月型を金色に縁取っている。ギアを1箇所に集めていると、クリステンセン氏が参ったなといった表情で首を振る。寒さから体を守るラッシュガードを忘れたようだ。幸い、この日の私たちは短いダイビングを予定していた。その目的は一つ。昼食に十分な量のマモを5匹捕まえることだ。 カイザーのサーフブレイクから90mほど離れた場所に停泊し、海の中に飛び込む。一瞬にして目の前に、もう一つの青く広い世界が開けた。私たちのすぐ下には、うっとりするような海中の景色が広がっている。赤いヴェケの群れが海流に乗って泳ぎ、跳ね回るヒナレアがその流れを時折中断する。サンゴの淵に群れるたくましいマニーニの集団の間を、ツノダシが優雅に通り過ぎていく。私は洞窟に入り込んだとたん、あっと驚きの泡をもらした。メジロザメの一種のツマグロに遭遇したのだ。私が手足を体にぴったりつけたままもがくように洞窟から出ると、ツマグロも後ずさりするように体をくねらせて、奥へと引っ込んでいった。びっくりしたのはどっちだろう?陸に上がると、その遭遇場面を目撃していたクリステンセン氏は笑いながら「ああ、あれはブルースさ。彼はいつもあそこにいるんだ」と教えてくれた。 私たちがサンゴ礁の周りを泳いでいると、魚たちは渦を巻いたり、散ったりして、またもとの場所に戻っていく。クリステンセン氏は、銀色の縞模様をしたマモに狙いをつけると、一人で潜っていった。叩いた!槍が前方に発射され、3本又のヤスの先に体をくねらせた魚が見える。残すところ、あと4匹だ。 ネイティブハワイアンのクリステンセン氏は、人々を養う能力こそが、社会の基盤なのだという。「それは文化の中で、決して変わることのないものなんだ」と彼は言う。魚は主要なタンパク源であったため、ハワイの人々は養殖と保護の厳しいシステムを採用していた。漁業資源を十分に確保するため、産卵期の漁場には、カプ(厳格な禁忌)が敷かれた。村が他の地域から資源や農産物を持ち出すことを規制する区分制度のアフプアアが定められ、モイなどの一部の魚は、アリイ(王族)のみ食べることが許され、ウルアやクムといった魚を女性が食べることは禁じられていた。ハワイの人々の生活は、このような慣行によって、生き延びるだけではなく、次世代までも豊かに潤い、繁栄する社会を構築した。ハワイの人々が大切にした持続可能な生き方は、彼らにとって命を意味した。 クリステンセン氏にとって、ヤスを使う漁のスピアフィッシングは、環境保護と文化継承の視点からも有意義だという。「それは狩猟の原始的な形なんだ」と彼は説明する。一呼吸で仕留めるドロップのチャンスは1度きりのため、スピアフィッシャーは獲物を慎重に選ぶ必要がある。伝統的なラインフィッシングとは異なり、混獲することはない。「狙ったものだけを仕留めるんだ」と説明するクリステンセン氏は、獲物に対する責任を負うことがいかに重要であるかを強調する。優れたスピアフィッシャーは、コア(釣り穴)を休ませ、季節ごとに魚が合法的なサイズであるかどうかを認識し、ウフ(ブダイ)のように一部の種によっては性別を識別する。また二人で潜っているとき、クリステンセン氏は、私を小さな穴のあるところに呼んだ。中を覗き込むと、差し込む日光で青いストライプが光るメスのマモが、腹を空かせた侵入者を追い払おうと必死に泳ぎ回っている。私たちが息つぎをしていると、「卵を守ってるんだよ。きっと百万個くらいの卵があるはずさ」とクリステンセン氏は教えてくれた。私たちはマモを残して、その場を離れた。 1時間以内に、予定通り5匹のマモを捕まえ、ボートへと引き上げた。私たちの下をまだ何十匹ものマモが渦を巻いて泳いでいるのが見える。クリステンセン氏はもう、昼食に獲物をどう調理するかを考えている。 自分たちで食べる食料を自分たちの手で捕り、その恵みを他の人たちと分かち合うことができることは、クリステンセン氏にとって満たされた人生を送るために大切なことだという。彼は、幼い彼の子供たちが、いつかそれを実践できる日がくることを、そしてそのための責任を全うできることを願っている。「外に出て釣りをするときにはいつでも、これは食べられるかな?多すぎるかな?誰かと分けることできるかな?と考えているんだ」とクリステンセンは言う。「これら全てのことを考えることが大事なんだ。僕にとって魚は、金のようなものだからね」。

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Out to Sea

Season 7 Episode 3
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最新の道具と技術により、 現代のスピアフィッシングは、 深い海での漁も手軽に楽しめるようになった。

ケアヴェ・アドベンチャーズのオーナー兼オペレーターのマカニ・クリステンセン氏。

ヤスを使う漁のスピアフィッシングは、 環境保護と文化継承の視点からも有意義である。

スピアフィッシャーは、狙う獲物を慎重に選び、持続可能性な漁を心がける必要がある。

ワイキキの戦争記念水泳場からダイアモンドヘッド灯台までの海域には、奇数年ごとに、 漁業禁止規則が施行されている。

遠洋でのスピアフィッシングには、ネオプレン製ウェットスーツ、ウエイト付きベルト、フラッシャーなどの最新装備が必要だ。

釣り物語

技術は進化しても、変わらないスリル。ハワイのスピアフィッシング事情

レイ・ソジョット
写真
ジョン・フック
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マカニ・クリステンセン氏が子供の頃、初めてヤスで魚を仕留めたときのことだ。彼の記憶に今も鮮明に残っているのは、その寒さだという。彼は、その場面を詳細に覚えている。3本又のヤスを手に、待ちきれない気持ちでハワイ島のプヒ湾に到着した幼いクリステンセン氏。洗剤の空きボトルで作った手製の潜水用の浮きの運び係として、おじさんたちのスピアフィッシングに連れてきてもらえたことが、嬉しくて仕方がない。そしてやっとのことでコレ・タングという魚を槍で突き刺したとき、その喜びは即座に震えに取って代わった。この時点で、海に入って4時間が経過していたが、おじさんたちが岸へ戻る気配はない。「子供の僕は、一人で海に入るのが怖くてね。死ぬほど寒くても我慢しなければならなかったんだ。僕より何十年歳も年上のおじさんたちは、 体脂肪のおかげで何ともないからね」とクリステンセン氏は笑いながら言う。 スピアフィッシングを学ぶことは、魚突きが古くからの伝統であるハワイで育った多くのケイキ(子供たち)にとって文化的な一つの通過儀礼でもある。古代、ハワイの人々は、海岸線沿いのカウイラやウヒウヒといった原産の堅木やカヌーから削った細い槍で、水中の獲物を仕留めていた。夜には、松明に火を灯し、ククイナッツを噛みながら漁をした。ハンターたちは、噛み砕いたククイナッツから出る油分を水面に吐き出し、水面が光沢を帯び、覗き窓のように透明になった瞬間、獲物に狙いをつけた。 技術は進化したものの、魚突きのスリルは今も変わらない。現代のスピアフィッシングは、ショーツ、シュノーケリングマスク、フィン、3本又のヤス(ハワイアンスリングとも呼ばれる)といった海岸でのダイビング向けのシンプルなものから、深海を潜るブルーウォーターダイビングに欠かせないネオプレン製ウェットスーツ、カーボンファイバー製フィン、強力スピアガンといった最先端の器材まで、その選択肢も幅広い。 清々しい1月のある朝、地元のツアー会社、ケアヴェ・アドベンチャーズを経営するクリステンセン氏と私は、ワイキキヨットクラブからボートに乗り、東へと向かった。空は青く、どこまでも広がり、昇る朝日がダイヤモンドヘッドの三日月型を金色に縁取っている。ギアを1箇所に集めていると、クリステンセン氏が参ったなといった表情で首を振る。寒さから体を守るラッシュガードを忘れたようだ。幸い、この日の私たちは短いダイビングを予定していた。その目的は一つ。昼食に十分な量のマモを5匹捕まえることだ。 カイザーのサーフブレイクから90mほど離れた場所に停泊し、海の中に飛び込む。一瞬にして目の前に、もう一つの青く広い世界が開けた。私たちのすぐ下には、うっとりするような海中の景色が広がっている。赤いヴェケの群れが海流に乗って泳ぎ、跳ね回るヒナレアがその流れを時折中断する。サンゴの淵に群れるたくましいマニーニの集団の間を、ツノダシが優雅に通り過ぎていく。私は洞窟に入り込んだとたん、あっと驚きの泡をもらした。メジロザメの一種のツマグロに遭遇したのだ。私が手足を体にぴったりつけたままもがくように洞窟から出ると、ツマグロも後ずさりするように体をくねらせて、奥へと引っ込んでいった。びっくりしたのはどっちだろう?陸に上がると、その遭遇場面を目撃していたクリステンセン氏は笑いながら「ああ、あれはブルースさ。彼はいつもあそこにいるんだ」と教えてくれた。 私たちがサンゴ礁の周りを泳いでいると、魚たちは渦を巻いたり、散ったりして、またもとの場所に戻っていく。クリステンセン氏は、銀色の縞模様をしたマモに狙いをつけると、一人で潜っていった。叩いた!槍が前方に発射され、3本又のヤスの先に体をくねらせた魚が見える。残すところ、あと4匹だ。 ネイティブハワイアンのクリステンセン氏は、人々を養う能力こそが、社会の基盤なのだという。「それは文化の中で、決して変わることのないものなんだ」と彼は言う。魚は主要なタンパク源であったため、ハワイの人々は養殖と保護の厳しいシステムを採用していた。漁業資源を十分に確保するため、産卵期の漁場には、カプ(厳格な禁忌)が敷かれた。村が他の地域から資源や農産物を持ち出すことを規制する区分制度のアフプアアが定められ、モイなどの一部の魚は、アリイ(王族)のみ食べることが許され、ウルアやクムといった魚を女性が食べることは禁じられていた。ハワイの人々の生活は、このような慣行によって、生き延びるだけではなく、次世代までも豊かに潤い、繁栄する社会を構築した。ハワイの人々が大切にした持続可能な生き方は、彼らにとって命を意味した。 クリステンセン氏にとって、ヤスを使う漁のスピアフィッシングは、環境保護と文化継承の視点からも有意義だという。「それは狩猟の原始的な形なんだ」と彼は説明する。一呼吸で仕留めるドロップのチャンスは1度きりのため、スピアフィッシャーは獲物を慎重に選ぶ必要がある。伝統的なラインフィッシングとは異なり、混獲することはない。「狙ったものだけを仕留めるんだ」と説明するクリステンセン氏は、獲物に対する責任を負うことがいかに重要であるかを強調する。優れたスピアフィッシャーは、コア(釣り穴)を休ませ、季節ごとに魚が合法的なサイズであるかどうかを認識し、ウフ(ブダイ)のように一部の種によっては性別を識別する。また二人で潜っているとき、クリステンセン氏は、私を小さな穴のあるところに呼んだ。中を覗き込むと、差し込む日光で青いストライプが光るメスのマモが、腹を空かせた侵入者を追い払おうと必死に泳ぎ回っている。私たちが息つぎをしていると、「卵を守ってるんだよ。きっと百万個くらいの卵があるはずさ」とクリステンセン氏は教えてくれた。私たちはマモを残して、その場を離れた。 1時間以内に、予定通り5匹のマモを捕まえ、ボートへと引き上げた。私たちの下をまだ何十匹ものマモが渦を巻いて泳いでいるのが見える。クリステンセン氏はもう、昼食に獲物をどう調理するかを考えている。 自分たちで食べる食料を自分たちの手で捕り、その恵みを他の人たちと分かち合うことができることは、クリステンセン氏にとって満たされた人生を送るために大切なことだという。彼は、幼い彼の子供たちが、いつかそれを実践できる日がくることを、そしてそのための責任を全うできることを願っている。「外に出て釣りをするときにはいつでも、これは食べられるかな?多すぎるかな?誰かと分けることできるかな?と考えているんだ」とクリステンセンは言う。「これら全てのことを考えることが大事なんだ。僕にとって魚は、金のようなものだからね」。

Out to Sea

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最新の道具と技術により、 現代のスピアフィッシングは、 深い海での漁も手軽に楽しめるようになった。

ケアヴェ・アドベンチャーズのオーナー兼オペレーターのマカニ・クリステンセン氏。

ヤスを使う漁のスピアフィッシングは、 環境保護と文化継承の視点からも有意義である。

スピアフィッシャーは、狙う獲物を慎重に選び、持続可能性な漁を心がける必要がある。

ワイキキの戦争記念水泳場からダイアモンドヘッド灯台までの海域には、奇数年ごとに、 漁業禁止規則が施行されている。

遠洋でのスピアフィッシングには、ネオプレン製ウェットスーツ、ウエイト付きベルト、フラッシャーなどの最新装備が必要だ。

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