デビッド・クーン氏は、元来もの静かな人だ。長年、バードウォッチングをしているせいだろうか、優しく深い響きのある声で、囁くように話す。カリフォルニア州サンホアキンバレー野生動物にあふれた湿地帯に囲まれた環境で育ったクーン氏は、「私が野鳥観察を始めたのは、子供の頃でした」と言う。 1988年にカウアイ島に移住する以前、20年間にわたり野鳥のガイドを務めていたクーン氏は、深い森の奥を歩き、カウアイ島固有種の鳥類をより正確に識別するためのスキルを磨いた。彼は、当時はまだ大きくて扱いにくかった録音装置を持って森へ入り、30年間かけて何千時間分にもおよぶ鳥の録音を収集した。その録音には、見つけるのが難しく、かつてハワイの王族によって珍重され、ハワイが非公式に島のシンボルに採用したイイヴィの珍しい鳴き声も含まれている。 今では“カウアイ島のバードマン”として知られ、島の珍しい鳥に詳しいクーン氏と、ワイメアキャニオンにあるカウアイ州立公園のコケエキャンプグラウンドに来ている。「長年の観察と研究を通して、ほとんど全ての鳥の鳴き声を特定できるようになって、、、」と言いかけたところで、彼は急に話すのを止めた。すると静けさの中に、 森に隠れている鳥のさえずりが聞こえてくる。 それはクーン氏の癖でもあるようだ。会話の途中で話が途切れたかと思うと、頭を一方に傾けて、何かに聞き入っている。鳥の鳴き声を特定しているのだ。それも一瞬聞いただけで、答えを出すことができる。「これはガビチョウだね」とか、「聞こえたかい?あれはアパパネだよ」といった調子で、どの鳥ともファーストネームで呼び合うほどの仲だ。 だがこれらの鳥について深く知れば知るほど、厳しい現実があることに気づく。「僕がカウアイ島に初めて来た頃は、ここに座って、ほとんどの森の在来種の鳥の鳴き声を聞くことができたんだ。残念ながらそれが聞こえなくなって久しいよ」とクーン氏は厳粛な面持ちで語る。 ここ10年間、クーン氏はハワイのミツスイの研究に力を注いできた。その間、イイヴィやレモン色の羽をしたアケケエといった、ハワイの環境に独自に順応した鳴鳥の種族は、島の広い範囲で絶滅の危機にさらされている。2010年にイイヴィは、米国の絶滅危惧種に指定された。最近の研究では、州全体で362,000羽の鳥が生息していると推定されている。それに比べ、カウアイ島にしか生息しないアケケエは、はるかに希少な存在となっている。生存数千羽以下となったこれらの鳥を、研究者たちは絶滅危惧種に分類している。 急速な温暖化の影響で、マラリアを媒介する蚊の生息地が増えた。かつてはハワイの湿気のある低地の森林でのみ繁栄した蚊が、現在では標高1,000フィートの高地にも住めるようになったためだ。「以前は高地に逃げ込むことのできたミツスイにとって、生息できる場所が消えてしまったんだ」とクーン氏は説明する。彼らに残された保護区は、一年のうち4か月間しか安全に暮らすことができない。科学者たちは、ミツスイを絶滅から救い、個体数を分析するための保護センターを設立し、キャッチアンドブリード(捕獲と繁殖)プログラムの確立を急いでいる。 10年前、クーン氏は野外で、アケケエが別の種のミツスイの歌を歌っていることに気づいたという。「僕は自分の耳を疑ったよ。それで、ミツスイに何かが起こっていることに初めて気づいたんだ」。 ミツスイの歌は、単なる美しい歌声ではない。歌は、交尾への誘いやコミュニティの構築といった彼らの社会が機能するための大切な役割を担っている。個体数が減少し、手本となる成熟した鳥が周りにいないため、雛は代わりに他の種のミツスイの歌をまねるようになった。クーン氏いわく、ミツスイの歌の崩壊は、彼らの社会自体の崩壊を意味しているという。 「これはミツスイがいかに機能不全に陥っているかの表れです」と、ハワイ大学ヒロ校の博士研究員で、クーン氏の観察に基づいて研究を行ったクリスティーナ・パクストン氏は説明する。彼女は、データが収集可能な3種類のミツスイ、アケケエ、アニアナウ、カウアイアイアマキヒの音声録音を集めた。 パクストン氏は、クーン氏をはじめとする鳥愛好家による40年間におよぶ鳥の録音を分析し、クーン氏の懸念が現実であること、そして予想以上に深刻な問題であることを確認した。この研究で、鳥たちの歌が入れ替わっただけでなく、わずか20年前の録音と比べて、そのメロディが簡素化されていることが明らかにされた。複雑で交響的な歌声を持っていた彼らの先祖が、数千年にわたって発達させた独特の旋律を、現在のミツスイは失ってしまったのだ。2019年8月に『ロイヤル・ソサエティ・オープン・サイエンス』誌で発表されたこの研究は、3種類のミツスイを対象としたものだったが、他にも多くの種に共通する脅威である可能性があるため、パクストン氏は研究対象の範囲を広げるつもりだ。 この研究は、決して楽しいものではないんだ」というクーン氏は、一呼吸置いてから、涙ぐんだ目で顔を上げた。「何十年も親しんできた鳥たちの歌声が、消えていくのは本当に悲しいことだよ」。 パクストン氏は、歌の多様性の喪失は、種の生殖能力にも深刻な影響を及ぼすと説明する。「交配が可能な2羽のアケケエが、たとえ近くにいたとしても、お互いを同じ種として認識しない可能性があるからです。お互いを認識できないと交尾することができません」。 だが全く希望がないわけではない。ハワイ島のケアウホウ鳥保護センターとサンディエゴ動物園の捕獲と繁殖プログラムでは、自然保護論者が飼育下の鳥に、種本来の歌のニュアンスを習得させるため、クーン氏が生涯を通じて収集した野生のハチドリの歌声の録音を聞かせている。「僕がこの世を去った後も、僕の残した録音が、鳥たちの役に立ってくれることを嬉しく思うよ」とクーン氏は語る。その録音が、鳥たちに先祖の複雑なメロディの鳴き声を教えてくれることに期待が寄せられている。
カウアイ島のバードマンとしても知られるデビッド・クーン氏は、30年間かけて何千時間分にもおよぶ鳥の録音を収集した。レア・ストレンジによるポートレート。
クーン氏の録音は、飼育下の鳥に、先祖の歌った複雑なメロディーを学習させるために使用されている。
カウアイ島生息するミツスイの中には、生存数千羽以下となった絶滅危惧種に分類されている鳥もいる。
ミツスイの歌は、交尾の呼びかけからコミュニティの構築まで、彼らの社会がどのように機能しているかを教えてくれる。
研究により、ミツスイの歌のメロディーは、複雑で交響的な歌声を持っていた彼らの先祖と比べて、単純化してきていることが確認された。
デビッド・クーン氏は、元来もの静かな人だ。長年、バードウォッチングをしているせいだろうか、優しく深い響きのある声で、囁くように話す。カリフォルニア州サンホアキンバレー野生動物にあふれた湿地帯に囲まれた環境で育ったクーン氏は、「私が野鳥観察を始めたのは、子供の頃でした」と言う。 1988年にカウアイ島に移住する以前、20年間にわたり野鳥のガイドを務めていたクーン氏は、深い森の奥を歩き、カウアイ島固有種の鳥類をより正確に識別するためのスキルを磨いた。彼は、当時はまだ大きくて扱いにくかった録音装置を持って森へ入り、30年間かけて何千時間分にもおよぶ鳥の録音を収集した。その録音には、見つけるのが難しく、かつてハワイの王族によって珍重され、ハワイが非公式に島のシンボルに採用したイイヴィの珍しい鳴き声も含まれている。 今では“カウアイ島のバードマン”として知られ、島の珍しい鳥に詳しいクーン氏と、ワイメアキャニオンにあるカウアイ州立公園のコケエキャンプグラウンドに来ている。「長年の観察と研究を通して、ほとんど全ての鳥の鳴き声を特定できるようになって、、、」と言いかけたところで、彼は急に話すのを止めた。すると静けさの中に、 森に隠れている鳥のさえずりが聞こえてくる。 それはクーン氏の癖でもあるようだ。会話の途中で話が途切れたかと思うと、頭を一方に傾けて、何かに聞き入っている。鳥の鳴き声を特定しているのだ。それも一瞬聞いただけで、答えを出すことができる。「これはガビチョウだね」とか、「聞こえたかい?あれはアパパネだよ」といった調子で、どの鳥ともファーストネームで呼び合うほどの仲だ。 だがこれらの鳥について深く知れば知るほど、厳しい現実があることに気づく。「僕がカウアイ島に初めて来た頃は、ここに座って、ほとんどの森の在来種の鳥の鳴き声を聞くことができたんだ。残念ながらそれが聞こえなくなって久しいよ」とクーン氏は厳粛な面持ちで語る。 ここ10年間、クーン氏はハワイのミツスイの研究に力を注いできた。その間、イイヴィやレモン色の羽をしたアケケエといった、ハワイの環境に独自に順応した鳴鳥の種族は、島の広い範囲で絶滅の危機にさらされている。2010年にイイヴィは、米国の絶滅危惧種に指定された。最近の研究では、州全体で362,000羽の鳥が生息していると推定されている。それに比べ、カウアイ島にしか生息しないアケケエは、はるかに希少な存在となっている。生存数千羽以下となったこれらの鳥を、研究者たちは絶滅危惧種に分類している。 急速な温暖化の影響で、マラリアを媒介する蚊の生息地が増えた。かつてはハワイの湿気のある低地の森林でのみ繁栄した蚊が、現在では標高1,000フィートの高地にも住めるようになったためだ。「以前は高地に逃げ込むことのできたミツスイにとって、生息できる場所が消えてしまったんだ」とクーン氏は説明する。彼らに残された保護区は、一年のうち4か月間しか安全に暮らすことができない。科学者たちは、ミツスイを絶滅から救い、個体数を分析するための保護センターを設立し、キャッチアンドブリード(捕獲と繁殖)プログラムの確立を急いでいる。 10年前、クーン氏は野外で、アケケエが別の種のミツスイの歌を歌っていることに気づいたという。「僕は自分の耳を疑ったよ。それで、ミツスイに何かが起こっていることに初めて気づいたんだ」。 ミツスイの歌は、単なる美しい歌声ではない。歌は、交尾への誘いやコミュニティの構築といった彼らの社会が機能するための大切な役割を担っている。個体数が減少し、手本となる成熟した鳥が周りにいないため、雛は代わりに他の種のミツスイの歌をまねるようになった。クーン氏いわく、ミツスイの歌の崩壊は、彼らの社会自体の崩壊を意味しているという。 「これはミツスイがいかに機能不全に陥っているかの表れです」と、ハワイ大学ヒロ校の博士研究員で、クーン氏の観察に基づいて研究を行ったクリスティーナ・パクストン氏は説明する。彼女は、データが収集可能な3種類のミツスイ、アケケエ、アニアナウ、カウアイアイアマキヒの音声録音を集めた。 パクストン氏は、クーン氏をはじめとする鳥愛好家による40年間におよぶ鳥の録音を分析し、クーン氏の懸念が現実であること、そして予想以上に深刻な問題であることを確認した。この研究で、鳥たちの歌が入れ替わっただけでなく、わずか20年前の録音と比べて、そのメロディが簡素化されていることが明らかにされた。複雑で交響的な歌声を持っていた彼らの先祖が、数千年にわたって発達させた独特の旋律を、現在のミツスイは失ってしまったのだ。2019年8月に『ロイヤル・ソサエティ・オープン・サイエンス』誌で発表されたこの研究は、3種類のミツスイを対象としたものだったが、他にも多くの種に共通する脅威である可能性があるため、パクストン氏は研究対象の範囲を広げるつもりだ。 この研究は、決して楽しいものではないんだ」というクーン氏は、一呼吸置いてから、涙ぐんだ目で顔を上げた。「何十年も親しんできた鳥たちの歌声が、消えていくのは本当に悲しいことだよ」。 パクストン氏は、歌の多様性の喪失は、種の生殖能力にも深刻な影響を及ぼすと説明する。「交配が可能な2羽のアケケエが、たとえ近くにいたとしても、お互いを同じ種として認識しない可能性があるからです。お互いを認識できないと交尾することができません」。 だが全く希望がないわけではない。ハワイ島のケアウホウ鳥保護センターとサンディエゴ動物園の捕獲と繁殖プログラムでは、自然保護論者が飼育下の鳥に、種本来の歌のニュアンスを習得させるため、クーン氏が生涯を通じて収集した野生のハチドリの歌声の録音を聞かせている。「僕がこの世を去った後も、僕の残した録音が、鳥たちの役に立ってくれることを嬉しく思うよ」とクーン氏は語る。その録音が、鳥たちに先祖の複雑なメロディの鳴き声を教えてくれることに期待が寄せられている。
カウアイ島のバードマンとしても知られるデビッド・クーン氏は、30年間かけて何千時間分にもおよぶ鳥の録音を収集した。レア・ストレンジによるポートレート。
クーン氏の録音は、飼育下の鳥に、先祖の歌った複雑なメロディーを学習させるために使用されている。
カウアイ島生息するミツスイの中には、生存数千羽以下となった絶滅危惧種に分類されている鳥もいる。
ミツスイの歌は、交尾の呼びかけからコミュニティの構築まで、彼らの社会がどのように機能しているかを教えてくれる。
研究により、ミツスイの歌のメロディーは、複雑で交響的な歌声を持っていた彼らの先祖と比べて、単純化してきていることが確認された。
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